牛像が山をなす田倉牛神社
どんな伝承か
和気郡吉永町田倉に、牛を御神体とする風変わりな田倉牛神社(別名・野上牛頭天王宮)がある。除疫神である牛頭天王を祭神とし、創建は江戸時代初期。神職も社殿もなく神域全体が御神体とされ、急な石段を登ると、大相撲の土俵ほどの土台の上に数十万体ともいう備前焼の牛の小像が山と積み上がっている。願い事のある者は一体を拝領して家に祀り、成就すればもう一体を加えて倍返しする習わしで、牛像はこうして増え続けてきた。近くにはナメラスジと呼ばれる魔物の通り道もあるという。
原典より
今も残存する怪獣の行き通う道「宮の正面、お寺のうしろ、尾端、谷尻、ナワメスジ」いったい何のことだか、お分かりだろうか。—— 妖怪伝説奇聞(東雅夫・2005年(平成17年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪伝説奇聞(東雅夫・2005年(平成17年))
『妖怪伝説奇聞』は、東雅夫が二〇〇五年に学習研究社から刊行した妖怪伝承地の探訪記である。稲生物怪録の木槌、クダン、牛鬼、塵輪、ナメラスジ、八幡の藪知らず、鬼の骨、蛇骨、鍋島の怪猫、児啼爺などを追い、中国・四国・九州ほか各地の寺社や旧家を訪ねて遺物と伝承を確かめる。月刊誌「ムー」の連載「日本伝説紀行」の十二章を三つのカラーグラビアで区切り、巻末に草双紙『鍋島猫騒動』の復刻を添える。