岸壁に漂う花束と翌朝の霊
どんな伝承か
弘前大学の研究室にいたころ、大高興は恩師や友人の医師とともに下北のある市を訪れ、知人のいる病院に泊まった。深夜三時半、廊下を行き来する足音で目が覚める。閉めたはずの扉が細く開き、隙間から黒い影がよぎった。用向きを尋ねると、寒い、とても寒いのだと哀れな声が返り、追って出ても廊下には誰もいなかった。朝になって院長は、この病院が大戦末期の空襲で負傷した海軍兵であふれ、床が血に染まったことを語った。大高は前日の昼、荒れた岸壁で真新しい花束が波間に漂うのを見ていた。海に沈んだままの兵たちの代わりに、誰かが訴えに来たのだろうと彼は考えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私は幽霊を見た(東雅夫(編)・MF文庫ダ・ヴィンチ)
『私は幽霊を見た――現代怪談実話傑作選』は、東雅夫が編んだ怪談実話のアンソロジーで、メディアファクトリーのMF文庫ダ・ヴィンチの一冊である。平山蘆江・火野葦平・佐藤春夫・徳川夢声・遠藤周作・柴田錬三郎から石原慎太郎・新倉イワオ・稲川淳二まで、作家や文化人が自ら見聞きした幽霊や怪異を書いた文章を集める。目次には二十三篇と編者解説が並び、水木しげる・山田野理夫・桝井寿郎の座談「怪談詮議」や中岡俊哉「イタコの謎を追う」の抄録も含む。