御油宿から名古屋へ広がったお札降り
どんな伝承か
東海道を西へ向かった流れでは、八月四日に御油宿でお札降りがあった。それからおよそひと月のちには、名古屋とその周辺でかなり広い範囲に流行した。城下をはじめ名古屋の騒ぎは激しく、当時から、お札降り・ええじゃないかは名古屋で始まったとする説が生まれたほどであった。騒ぎは名古屋から東海道沿い、中山道沿い、さらに伊勢路へと伝わり、各地への大流行につながっていったという。
原典より
西の方では、御油宿(豊川市)で八月四日にお札降りがあったが、その後およそ一か月後に、名古屋とその周辺でかなり広範な流行になった。—— 松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史)
『松本市史 第2巻 歴史編2』は、信濃の松本市の市史のうち歴史を扱う巻で、ここにはその節「三 お札降り」だけが収められている。慶応三年七月ころから翌年にかけて、天から神仏の札が降ったとして酒食して騒いだ「お札降り」「ええじゃないか」が、伊那谷と中山道の二筋を通って信濃に広まったさまを、飯田・高遠・諏訪・木曽などの記録から追う。後半は松本城下と周辺村の降札と松本藩の禁令を述べ、上今井村に降った札の種類と枚数を表に示す。