蛇を養ひし人の事
どんな伝承か
江戸の山王の永田町あたり、あるいは赤坂とも芝ともいい、場所ははっきりしないが、御三卿に仕える清左衛門という人が小蛇を飼っていた。夫婦で可愛がり、縁の下の箱に入れて餌を与え、床をたたけば頭をもたげるほど馴れて、十一年のうちに見るも恐ろしいほど大きくなった。縁遠い娘などが蛇に願をかけると叶うこともあったという。天明二年三月の大嵐の朝、いつものように呼ぶと蛇はひどく苦しむ様子だった。夫婦が介抱していると雲が湧いて雨が降りだし、蛇は頭を上げて空をながめ、雲が庭先まで下りてくると縁から身を伸ばし、強い雨の中を天へ昇っていったという。
原典より
やがて庭上まで雲下りしとみれば、椽より庭へ一身を伸すと見えしが、雨強くやがて上天をなしけると也。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。