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戯場者為怪死事

所在地東京都新宿区
年代寛政期(江戸後期)
登場根岸鎮衛、著者、語り手
出典耳嚢(みみぶくろ)

どんな伝承か

寛政八年の春から夏へ移るころ、伝馬町に住む旅芝居の座元が行徳で興行して大当たりし、仲間四人で祝いの酒を酌みながら船で江戸へ向かった。ところが狭い船の上で座元の姿が消えた。海に落ちたと行徳へ引き返して網まで入れたが見つからず、三人が知らせに伝馬町の裏店へ戻ると、座元は普段どおり家にいた。船酔いがひどく早朝に降りて陸を歩いて帰ったと笑うので、三人も酔って見失ったのだろうと笑って帰った。ところが翌日、行徳から沖の投網に座元の死骸がかかったと飛脚が来た。驚いて家へ行くと、前日帰っていた座元もにわかに具合を悪くして死んでいた。一同は恐れて亡骸を引き取り弔ったという。

原典より

彼坐元の宅へ至り見しに、昨日帰り居し坐元も、夫より俄に不快にて死し居たりし故、大に恐れて、彼行徳より申し来りし死骸を引取りて、葬礼をなしけるとなり。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))

『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。

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