大阪の公会堂に現れた野村芳亭の生霊
どんな伝承か
日活の映画『街の暴風雨』が完成し、その年の八月十六日に九段の軍人会館で試写会が開かれたが、上映中に監督の野村芳亭が倒れた。大阪ロケを控えた俳優たちは、野村が後から来ることにして先に発った。三日後、中之島の中央公会堂で挨拶に立った江川宇礼雄が客席を見ると、野村が笑顔で聞いていた。駆け寄ると野村は今着いたと言い、雨除けの酒宴「お天気祭」は済んだかと尋ねたが、ふいに姿が消えた。その夜、宿で目覚めると隣の布団に野村がいて同じことを繰り返し尋ねた。翌朝女中は誰も来ていないと言い、直後に野村危篤の電報が届いた。江川が飛行機で帰京すると、野村はすでに亡くなっていた。
原典より
* 三千円の借金 (279)* 画家の死 (280)* 二階の怪婆 (280)* 死んでいた狒々 (282)* 三度笠の旅人 (285)* 千疋猿の鍔 (286)* 屋根の上の黒猫 (287)…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。