水戸の医師異人に逢ふ事
どんな伝承か
水戸の城下に、評判の医師の息子で、自らも町や村を駆け回って熱心に治療する若い医師がいた。ある日、道で年老いた山伏に会い、医業に精を出すあなたに伝えたいことがあるから、明後日に町の裏の河原で待てと言われた。見知らぬ相手なので家族に止められて行かずにいると、翌日また山伏に会ってとがめられ、明晩こそ来るよう念を押された。親族は天狗の類だろうと夜通し見張ったが、医師は隙を見て河原へ出かけた。山伏は二町ほど先の灯明のともる堂へ導き、学術や脈法だけでは徳は得られないと言って巻物を一冊授けた。それに従って治療するとめざましく効き、医師は大家となったという。
原典より
然れ共学術・脈法等に非ざれば其徳を得難し」とて、巻物三冊を取り出し、一冊をば与へ、「明日よりは此巻物によりて療治をなさば、奇効を得べし。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。