十九で身を投げた娘の怨霊
どんな伝承か
娘の哀れな様子が近所に知られてひと月ほどたったころ、その家で娘が変死した。十九歳だった。娘が死ぬと若僧はどこかへ越してしまい、近所では幽霊の噂まで立ち、十五年たった今も住む者がない。当時の新聞と土地の言い伝えを合わせると、老僧は谷中の某寺の住職で、娘はその寺の檀家の貧しい家の子だった。互いに思い合う相手がいて嫌がるのを、金の力で無理やり手に入れたのだという。夜ごと聞こえた悲鳴は、娘が責めさいなまれる声だった。娘の怨霊は屋敷に祟り、深夜には怪しい音がし、松の陰に蒼白い姿が浮かんで道行く人に訴えたという。
原典より
ある事が起つたのは近隣の人が娘のあはれな……を認めてから一と月程……てからであつた『あの……の可愛い娘さんはちつとも見えないね。—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。