勝訴を祝う戸長の黄金の指環
どんな伝承か
明治十一年十月のある夕方、東海道平塚の女郎屋恵比寿屋に、二人の客が人力車で乗りつけた。一人は真土村の戸長松木長右衛門で、村民から抵当に預かった地所を自分の名義に書き換え、六十余軒の村民を相手取った訴訟に先月東京上等裁判所で勝ったばかりだった。連れは代言人の田村某である。長右衛門は二階の座敷で娼妓や芸者に囲まれて上機嫌で盃を重ね、おかげで重荷が下りたと田村をねぎらった。その指には、当時は珍しかった金の指輪が光っていた。
原典より
其の指には當時に珍らしい黄金の指環が光つてゐた。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。