空車だった待ち伏せの夜
どんな伝承か
十月二十五日、密議の最中に、長右衛門が田村の安楽寺の役場へ戸籍の手続きに来ていると伊藤元亮が知らせた。一行は途中で待ち伏せて討とうと、平塚新宿の吉野辨造の家で日を暮らし、提灯や刀を携えて、田村の土手から真土への近道に折れる角で霧雨の中を待った。夜八時を過ぎて近づいた車は空で、村民の動きを怪しんだ長右衛門は四之宮の土手を下りたところで降り、作男と田の畦道を歩いて帰っていた。一行は四之宮村の鎮守の森の前で待ち直したが、主従らしい影は松木の屋敷の裏門で消えた。
原典より
空車ばかりで、車の上には何物も乗つてなかつた。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。