笑い婆
どんな伝承か
日清戦争前の土佐の海辺の村には、聖神という名もない高僧を祭った社があり、その森には笑い婆という妖婆が棲むと言われた。婆は人を見ると笑いかけ、笑いかけられた者は、婆が笑えなくなるまで笑い返さないと病気になって死ぬという。ハハハと笑う婆の声は山にこだましたと伝わる。また社の近くの楠の大木は、伐ろうとして斧を入れると血が滴り、翌朝には切り口がふさがって跡も分からなくなったという。
原典より
は、は、は、と云って笑う妖婆の声は山に反響をかえした。—— 日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が書いた怪談・奇談の短編集である。著者が「私の村」と呼ぶ土佐の海村の迷信を語る「鷲」のほか、高岡郡や長岡郡、野根山など土佐の話を多く含み、越中の放生津や立山、銚子の利根川口、京の寺町、摂津の味泥、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の妖術を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人や土地の人から聞いた話として語る篇もある。