朝日を拝む白猿の群
どんな伝承か
土佐の幡多郡川登郷田出川の山神谷に住む百姓甚六は、したきりという所にある田を毎年猪や鹿や猿に荒らされていた。稲が実りかけたある日見回ると、岩の傍の稲穂が摘まれていたので、田の上の山の神の祠のあたりで待ち伏せ、明け方に猿を撃とうと決めた。翌朝暗いうちに鉄砲を持って祠の下に潜むと、猿の群が頭上を渡って樫の木から下り、前日の岩の傍に集まった。その中の白い大猿が岩に立って鳴くと、猿たちは田に入り始めた。甚六が大将の白猿を狙って火縄を差そうとした時、東の山に朝日が昇り、白猿をはじめ二十匹ほどの猿がいっせいに朝日へ手を合わせて拝んだ。畜生でも信心をするのかと思うと甚六は撃てなくなり、火縄の火をもみ消して山を下りた。家でわけを話すと女房はあざ笑い、それなら自分が撃ちに行くと言ったが、甚六は猿を撃つなら離縁すると言って許さなかった。ところがその年は稲が無事に実って例年にない量の米が穫れ、それからその田では獣の害がすっかり無くなった。村では、撃たれなかった猿が恩に感じて獣を防いでいるのだと噂されたという。
原典より
すると、白猿を初めまだ田に入らない二十疋ばかりの猿が、その朝日の方へ向って一斉に手を合して拝むようにした。—— 日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・1985年(昭和60年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・1985年(昭和60年))
『日本の怪談』は、田中貢太郎の怪談を昭和四十五年桃源社刊『日本怪談全集』から抜き出した文庫本で、昭和六十年十二月に河出書房新社から発行された。「宝蔵の短刀」「八人みさきの話」など土佐の城下や村の話をはじめ、江戸・京・吉野などを舞台にした幽霊・狐狸・猿・魔物の話を、会話の多い語り口で収める。二十七篇の後に尾崎秀樹の解説を付し、高知に生まれた作者の生涯と怪談・妖異譚への傾倒をたどっている。