猿島と日蓮上人
どんな伝承か
横須賀の沖に浮かぶ猿島の断崖には、海に削られてできた日蓮洞穴がある。建長五年、日蓮は政治の中心だった鎌倉で教えを広めようと、房州から小舟で漕ぎ出した。ところが東京湾の上で急に風波が荒れ、古い舟の底に穴があいて沈みかけた。舟子たちが竜神の怒りだ、亡霊の祟りだと騒ぐなか、日蓮だけは落ち着いて舳先に立ち、海に向かって題目を唱え続けた。すると荒波はたちまち静まり、船底の穴もふさがった。調べてみると穴にアワビが吸いついていたという。舟はまもなく猿島にたどり着き、日蓮が一夜を明かした洞穴が日蓮洞穴のいわれである。翌朝白い猿が陸を指さしたことが島の名の起こりとも伝える。
原典より
古い屋敷址にまつわる伝説 一二七神社・寺院・堂・祠にまつわる伝説 一三五石楯尾神社の称宜の娘(相模原市大島) 一四二—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。