煙草を喫むと消えた沖の漁火
どんな伝承か
浜崎文太郎は吾川郡浦戸村の貧しい漁師の子から船長になった人である。十八の時、巽丸という和船の炊事夫をしていた大晦日の夜、大阪からの帰りに室戸岬を廻って奈半利沖まで来ると、それまで何も見えなかった前方に、漁火を焚いた漁船が数多く現れた。追手の風で申し分のない航海であったのに、船はその近くまで来ると不意に動かなくなった。船頭は船方を胴の間へ呼び集め、皆で煙草を喫んでいる。浜崎も真似て喫んでいると、漁船の火は一つ二つと消えはじめ、間もなく残らず消えた。同時に船は動きだし、船頭は立ちあがって取り梶を命じた。船はその夜の明け方、無事に浦戸港へ入った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。