堀切橋で顔を撫であげた黒い滑面
どんな伝承か
荒川放水路に架けられた長い堀切橋には、鐘淵紡績の女工が怪死して以来、数々の怪異が語られた。その最初は、開橋式が済んで間もない夜八時ごろ、千住の紙工場に通うお時という女工が体験したものである。橋の中ほど、ちょうど女工の怪死した地点の上あたりまで来ると、霧の中から目も鼻もない真っ黒で樽のような滑らかな顔がぬっと現れ、お時の顔を下から上へ撫であげた。お時は一声叫んで仰向けに倒れ、やっと正気づいて逃げ帰り、三日ほど工場を休んだという。
原典より
* 室の中を歩く石 (357)* 本所の怨念石 (359)* 墓石の戒名 (361)* 幸福の家 (362)* 商売の繁昌する家 (364)* 招く松の木 (365)* 別れに来た細君 (36…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。