弁天前の魔の電柱と血みどろの影
どんな伝承か
昭和十年九月二十八日の夜八時ごろ、駒込神明町行きの市電が下谷の池の端、弁天の前を走っていたとき、女の乗客が突然悲鳴を上げた。逃げ出そうとするように上半身を窓から出し、そこに立っていたセンターポールに顔を打って気を失った。女は浅草区西鳥越町の市川喜太郎の妻で、墓参りの帰りだった。近くの病院へ担ぎ込んで手当てをし、なぜ悲鳴を上げたのかと尋ねると、隣の席に全身血みどろの幽霊がいたので夢中で逃げようとしたのだと答えた。その電柱は毎月五、六人が頭を打って怪我をするので、以前から魔の電柱と呼ばれていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。