便所の戸口に落ちていた髷
どんな伝承か
日本橋区本町三丁目一番地の袋物商、鈴木米次郎方の下女おきんが、夜九時過ぎに裏の便所へ入ろうと戸を開けた。とたんに水を浴びせられたようにぞっとし、髪がばらばらと顔に落ちてざんばら頭になった。おきんは悲鳴を上げて隣家へ駆け込み、倒れて気を失った。人々は水や薬で介抱して事情を聞き、棍棒や箒を手に便所へ駆けつけたが、変わったところはなく、入口に髷が不気味な恰好で落ちているだけだった。俗にいう髷切りだと知れ、その便所は誰も使わなくなった。浅草の金龍山でも同じことがあり、女たちは簪に短冊を結んで魔除けにしたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。