夢殿の地中に埋められた太子の鈴
どんな伝承か
著者は鈴振りの行の大きな意味として、法隆寺の夢殿にまつわる言い伝えを記す。聖徳太子の政治が実を結んだのは、夢殿での鈴振りの行によるものだったという。建立にあたって太子は、神示に従い二人の乙女に鈴の玉を、老若二人の男に柄を、八人の乙女に緒房を作らせ、自ら七重の布に包んで八重の箱に納め、土を掘って埋めた。その上に太い柱を立て、八角堂の屋根の頂には中が空で玉の入った擬宝珠を載せて天の鈴とし、地の鈴とのあいだに座って鈴を振った。すると天の鈴は大気を動かして風雨を和らげ、地の鈴は地の底に響いて作物を虫害から守り、荒い心の人まで和ませたと伝えるという。
原典より
法隆寺の夢殿は、聖徳太子がお建てになったものですが、太子の政治が立派に実を結んだのは、夢殿における「み鈴振りの行事」であったといいます。—— 心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年))
『心霊の開発 ― 神のしくみ』は、千葉で浄霊真手道場を開いた霊能者の福田倉子が、自らの霊的体験をまとめた本であり、昭和四十一年一月付の跋文を付す。気合術や法華行者・身延山の上人のもとでの修行、千鳥会の降霊会、霊媒として死霊や生霊、動物霊に向き合った事例、真手による浄霊と天福地蔵尊の由来などを記す。第一部「心霊へのみち」から第五部「神のしぐみと使命」までの五部に分け、あとがきと坂田武俊の跋文を置く。