丸山から盗まれた菊花石と観音の啓示
どんな伝承か
昭和十一年の岐阜市躍進博覧会をきっかけに菊花石が高値で売れると評判が立ち、唯一の産地根尾谷へ人が殺到した。そのさなか、白木孝一の持山である丸山から八十貫近い巨大な菊花石が盗み出された。石は一里ほど離れた根尾村大字松田の某家へ運ばれており、白木は返還を求めたが三人組に囲まれて殴られそうになり引き下がる。悔しさから不眠に陥りノイローゼとなった。ある日、菊石で儲けた某氏が訪れ『北の方を向いて拝んでいればよい、北から御光がさしている、石は必ず戻る』と告げた。白木は盗難を観音の啓示と悟って感謝に転じ、やがて三人組は無条件で石を返すと申し出た。
原典より
八十貫近くもある菊花石が白木家所有の丸山から盗み出された。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。