大橋家の神棚から出た天降りの御札
どんな伝承か
津島市今市場町の眼科医大橋家に伝わる記録三枚によれば、慶応三年九月十三日夜四ッ時に春日大明神の札が当家の店中の間の格子内に天降り、七日の間祭って神棚に社を拵え鎮座させた。同二十一日暮六ッ時には西国第五番河内葛井寺の観世音が裏座敷西の間の格子内に降り、七日供養して表具し永代仏前に祀った。十月五日夜と六日朝には秋葉山大権現の札が二枚降り、十三日には玄関外の高塀の瓦の上に津島牛頭天王の札が降ったと記される。いずれも陣屋へ届け出た。のちに郷土史家堀田喜慶が神棚を探し、古色蒼然たる実物の札を発見して記録を裏付けた。
原典より
古色蒼然、当時の御札にまちがいなく、又記録にはおちている(記録は十一月三日に書いたもの故落としたと思います)—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。