覚書を書く文治郎を諭した神
どんな伝承か
明治七年の旧九月、川手文治郎は自分の祀る天地金乃神の言いつけにしたがって、これまでの生涯を「覚書」に書き始めた。十九年前の安政二年の大病のくだりにさしかかり、寄祈祷の夜に神が、氏神をはじめ神々はみなここへ来ていると告げた一節まで書いたところで、文治郎はひとりでに悲しくなって筆を置き、そのことを書き添えた。すると神はすぐさま、悲しいのはお前ではない、神仏には口がないが、氏子が助かり神も助かるようになったことがどうしてできたのかと思って神仏が悲しくなったのだと諭し、書きかけたところを続けて書けと命じたという。
原典より
これに対して、神は文治郎に向かって、直ちに次ぎのように諭した。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。