沓を残して天に昇った武内宿禰
どんな伝承か
明治四十三年、宮地厳夫は神仙の実在を説いた講演の中で、修行を積んで仙人となった人がこの世を去るには三つの別があると述べた。その第一は飛昇、昇天、登天などと呼ばれ、身体ごと天へ昇っていくものである。宮地は中国の例を挙げたあと、わが国にもその例は少なくないとして、因幡国の亀金山の話を引いている。それによれば、武内宿禰は亀金山で一対の沓だけをその場に残し、そのまま天へ飛び昇ったという。宮地はこれを、道を得た人が身を挙げて天に上った実例の一つに数えている。
原典より
漢土にては許遜、紫底、彭応、陰長生の如き、我が国にても倭姫命は伊勢の尾上山にて上昇せられ、武内宿禰因幡国亀金山にて一雙の沓を遺して飛昇し、度会常昌神主は高宮の坂中より登天しました。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。