神咒トーカミエミタメの首唱者
どんな伝承か
国立博物館が秘蔵する『神祇官白川家門人帳』の安政四年三月の項には、岡山の玉井宮、上道郡宿奥村の春日明神、大多羅の天王社の神主らが、伊藤要人の教えを受けた者として揃って入門したことが記されている。さらに遡ると、要人の師である井上正鉄も天保七年に白川家に入門し、神祇道の伝授を受けていた。白川家に伝わる三種の祓の第一句、吐普加美依身多女は神代からの呪言とされ、遠つ神恵み賜えの意と解されている。著者は、この古い神咒を近代に復活させ庶民に広めた首唱者こそ井上正鉄だと述べている。
原典より
そして、この古めかしい神咒を近代において復活し、これを庶民の間にまで普及させた首唱者こそ、江戸生まれの神官井上正鉄その人に外ならない。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。