異界に浮かれた堅磐を戒めた川丹先生
どんな伝承か
宮地堅磐は神仙界にたびたび出入りし、天狗界も見物するうちにすっかり夢中になった。今日は神仙界から迎えが来るか、明日は杉山僧正が誘いに来るかと待ち焦がれ、人の世のことが苦しく思えて片時も忘れられない。ふと「川丹先生はなぜ来ぬのか」と独り言を漏らし、妻や下女に怪しまれることもたびたびだった。すると師の川丹先生は、月に一度ほどは暇を見て連れて行くが、現世の務めを怠り家業を忘れるのは神仙界の掟に背く、人としての勤めを第一にせよ、さもなくば師弟の縁を切ると懇々と諭した。堅磐はその言葉に身の毛がよだったという。
原典より
其時は其御詞の肝に銘じて身の毛もよだちたり。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。