生まれた場所にはテント部落があった
どんな伝承か
埼玉県中部域を縄張りにしていたミナオシ集団の親分、芦田万吉の出自の地は特定できる。長男の松造が「おやじが生まれたのは、千葉県葛飾郡風早村の藤ヶ谷です。そこには、おやじの兄の鶴吉がいましてね」と語ったからである。そこは現在の柏市藤ヶ谷にあたり、手賀沼の南三キロばかりになる。藤ヶ谷には第二次大戦前まで、周辺の住民が「乞食部落」と呼んだ風変わりな漂泊民の居住地があった。台地が田んぼへ岬のように突き出した先端には旧藤ヶ谷村の馬捨て場があり、昭和十年代にはこれを取囲むように多くの天幕が張られていた。
原典より
女傑「おシマおっかあ」女親分の夫のこと第5章 「ホイト岩」の話非定住民の集合場は珍しくなかった佐貫の観音岩洞窟最後の穴居集団だったか「乞食岩」という地名もある木賃宿は田舎にも多かった—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)