馬捨て場を囲んだ藤ヶ谷の天幕部落
どんな伝承か
埼玉県中部域を縄張りにしていたミナオシ集団の親分、芦田万吉の出自の地は特定できる。長男の松造が「おやじが生まれたのは、千葉県葛飾郡風早村の藤ヶ谷です。そこには、おやじの兄の鶴吉がいましてね」と語ったからである。そこは現在の柏市藤ヶ谷にあたり、手賀沼の南三キロばかりになる。藤ヶ谷には第二次大戦前まで、周辺の住民が「乞食部落」と呼んだ風変わりな漂泊民の居住地があった。台地が田んぼへ岬のように突き出した先端には旧藤ヶ谷村の馬捨て場があり、昭和十年代にはこれを取囲むように多くの天幕が張られていた。
原典より
女傑「おシマおっかあ」女親分の夫のこと第5章 「ホイト岩」の話非定住民の集合場は珍しくなかった佐貫の観音岩洞窟最後の穴居集団だったか「乞食岩」という地名もある木賃宿は田舎にも多かった—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。