布施城址
どんな伝承か
布施の古谷にある布施城址は、土地の人が今も城山と呼ぶ場所で、和田沼の上に突き出た要害の地である。承平年間に平将門が築いたが、将門の誅伐後に廃城となった。時代が下って天正二年、北条氏が守谷城主相馬治胤を攻めようと布施川に陣を取り、治胤は二千余の兵で戸頭台に防いだ。北条氏はこの地の要害ぶりを見て長期の陣を敷いたともいう。今も外城・中城・御城という字名が残っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。