長浜天皇と安徳帝の遺品
どんな伝承か
隆盛親王は臣籍降下して長浜家の元祖となり、今も長浜家には安徳帝から二十三代目の子孫が住んでいるという。著者はカメラをぶら下げてその『皇居』を訪問した。奥の暗いところに色の黒いじいさんが裸で寝ていたが、ドッコイショと起きて来て、天皇かと問うと『そうです』と答え、まあどうぞお上がりなさいと言う。この地では長浜天皇で通っているので本名は知らない。老人は安徳が使った手鏡や刀を見せ、俊寛坊主が字を書いた小石をザラザラ出して惜し気もなく持って行けといった。宿へ帰ってゴロゴロしていると天皇が訪ねて来て、安徳の書いたものがどうしても読めないので誰かに見てもらってくれと頼んだ。
原典より
そして安徳さんの使った手鏡や刀を見せてくれた。—— 山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1990年(平成2年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1990年(平成2年))
『山とお化けと自然界』は、西丸震哉が旧著三冊と雑誌の一篇「ワシは安禄山」を編み直し、一九九〇年に文庫版あとがきを付けた随筆集である。「自然界はもちつもたれつ」「酒」「山」「兄との交信」の四部に、チョウや小動物、山や湿原の探検、酒と温泉の話とともに、横尾谷の岩小屋の幽霊、釜石の幽霊、木曾御岳の人魂、呪い殺しの実験、雨やみの術など著者自身の怪異体験をつづる。あとがきに『未知への足入れ』『山だ原始人だ幽霊だ』『山の動物誌』を元にしたと記す。