白狐の霊夢と松平藩の狐持ち説
どんな伝承か
「狐田といえども藩の御用地」という事情に関連して松江藩をみると、現在でも松平藩主は「狐持ち」だったので、この一族や婚姻関係のある旧士族にも狐持ちの家が多いと民間に伝えられている。その根拠は、享保二年(一七一五)に撰述された『雲陽誌』に、松江城主松平直政公が旧領の信濃国で崇敬していた稲荷が、寛永十七年(一六四〇)の霊夢によって白狐となって松江に来たので、社を建てて勧請した、と記されていることによるらしい。これによって狐持ちにされたとすれば、詐巫の考えついたものだろう。松平家の稲荷信仰は厚く、不昧公も松江城内稲荷社や大崎稲荷社に木彫の狐を作らせている。だが稲荷の白狐と、蠱狐たる野狐や人狐とは、性格の上でも信仰の上でも全く違うものである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
講座日本風俗史別巻 妖異風俗((講座日本風俗史 別巻)・日本風俗史・民俗)
『講座日本風俗史別巻 妖異風俗』は、『講座日本風俗史』の別巻として、複数の執筆者が妖しく異様な風俗を論じた巻である。淫祠と性の祭礼、戦後の新興宗教、性にまつわる迷信、妖術・忍術・奇術、憑きものと特殊家系、心霊術と催眠術、異類との婚姻、性と怪異の関わりを、古典の随筆や各地の報告、事件の記録から取り上げる。九つの章に分け、終章「日本妖異風土記」では関東から九州・沖縄までの怪異譚を地方別・県別に掲げる。