絵女山の千人塚にさまよう古武士の亡霊
どんな伝承か
岡崎市明大寺町に絵女山という小高い山があり、その頂上には千人塚があって地元の人々の恐怖の的であった。そこは戦国時代に小豆坂とよばれた古戦場で、合戦で殺された古武士千人を穴に投げ込んで土をかぶせたところと伝わる。供養もされなかったらしく、夜になると古武士の亡霊がさまよい、合戦の声がして火の玉が飛び交った。たすけてくれ、水をのませてくれという苦しげな声が麓まで聞こえた。山に足を踏み入れた者には祟りが起き、周囲に家を建てたり山林を開拓したりすると不幸が舞い込んだ。伊予田英照は自宅と田畑を処分して絵女山全体を買収し、明治四十四年十二月に千人塚へやしろを建てて弔うと、亡霊はぴたりと出なくなった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の四次元(鈴江淳也・心霊・四次元・1973年(昭和48年))
『日本の四次元』は、鈴江淳也が昭和四十八年に著した超常現象の取材記である。幽霊の出る家や競馬場、古武士の怨念、守護霊、心霊写真、新幹線の四次元地帯、心霊治療、物品引き寄せ、てのひら療法、比婆山の怪獣やツチノコ、死後も占う易者犬などを、当事者を訪ねて聞いた話として記す。「幽霊と怨念の世界」から「動植物の驚異」まで六部に分け、あとがきで大陸書房刊『日本の奇談』『現代の怪奇』に続く第三弾と述べ、問い合わせ先を挙げる。