月の裏面を写した遠隔念写
どんな伝承か
三田光一は各地で念写を重ね、離れた場所から乾板に像を焼き付ける遠隔念写もやってのけた。昭和六年六月二十四日には、月の裏側の写真を念写したとされる。この日、乾板を手にしていたのは、当時大阪の箕面に住んでいた福来友吉博士で、三田のほうはおよそ四十キロ離れた神戸の須磨の自宅に座っていた。三田は遠い月の裏面を透視して、その像を博士の手元の乾板に写し出したという。三田はほかにも、陽画の形で写したり、間をおいて前と同じ像をもう一度写す反復念写を行ったりしている。
原典より
昭和六年六月二十四日には、月の裏面の写真を念写してのけたのである。—— 現代の怪奇-日本列島のミステリー地帯(鈴江淳也・1970年(昭和45年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代の怪奇-日本列島のミステリー地帯(鈴江淳也・1970年(昭和45年))
『現代の怪奇――日本列島のミステリー地帯』は、鈴江淳也が前著『日本の奇談』に続けてまとめた、現代の超常現象と奇談のレポートである。桑名の「天狗の初さん」、新幹線の亡霊、京都のタクシーに乗る幽霊客、人魂、原因の知れない奇病、念写と三田光一の透視などを、著者の取材・面談と、大正の新聞から昭和四十年代の週刊誌までの記事で集めて収める。五つの部に分け、あとがきは昭和四十五年三月の日付で、巻末に機関誌などを入手できる団体・研究家の一覧を付す。