国電で名刺を出した勧誘の女
どんな伝承か
ある寒い晩、著者は用があって国分寺駅まで出かけ、帰りの国電で信濃町へ戻る途中のことだった。高円寺から乗ってきた品のよい奥さま風の女が、がら空きの車内でわざわざ隣に座り、こちらの顔をじろじろ見る。やがて女は帰りが遅いことをいたわる調子で話しかけ、子どもの有無を尋ね、悩みはないかと水を向けてきた。帯の間から出したのは霊友会支部の名刺で、女は笹沼みね子と名のる。著者が知り合いの婦人に探らせたところ、笹沼の家は港区のヒノ木町にあり、この婦人は入会金百円と月会費三十円を払って帰ってきた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。