浄源霊(心霊写真)
どんな伝承か
今村勝治は浄源坊なら必ず撮れると申し出て、著者と中川氏とともに蹴上の寺の本堂で撮影を試みた。著者が数息の法で統一に入り、マグネシウムを焚いて何十枚も撮ったが、仏像がかすかに写るだけだった。新住職の了順に観音経を読んでもらい、世話係のおかよを遺骨の前に座らせて撮り直すと、仏座の奥で水の流れるような音がし、現像した乾板に瓢箪形の白い点が二つ現れた。拡大すると、膝に両手を重ねて頭を垂れて座る浄源坊の姿に見え、おかよは泣き叫んだ。のちに三人だけで撮った時も、半数の板に同じ半坐像が写った。
原典より
結局所定の時間がたってプレートにあらわれたのは瓢箪形をした二個の白点であった。—— 霊界五十年(長田幹彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊界五十年(長田幹彦)
『霊界五十年』は、長田幹彦が自らの心霊体験を一人称でつづった随筆集である。霊媒亀井三郎の実験に立ち会った話に始まり、大正十四年に東京中央放送局で見た変死した技師の霊、自殺者の霊、神隠し、心霊写真、死者の霊との交わりなど、長年にわたって見聞きした出来事を語る。「亀井霊媒の実験」「放送局の幽霊」「霊界夜話」「幽霊のキスマーク」などの短い章を連ね、心霊研究の知人や医師との問答を多く交える。