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阿波に上陸した撫養からの波

所在地徳島県鳴門市撫養町
年代慶応3年11月30日
登場撫養街道沿いの村々
出典ええじゃないか

どんな伝承か

阿波の騒ぎは十一月三十日、淡路を経て撫養の地に上陸したところから始まった。京坂と取引きのある藍商人たちが上方の噂を先に運んでいたため、伝わり方はきわめて速く、またたく間に国じゅうへ広がったという。撫養からの流れは二つに分かれ、一方は撫養街道づたいに村々を巻き込みながら吉野川をさかのぼって板野・阿波・名東・名西・麻植の諸郡、さらに美馬・三好へ達し、讃岐や伊予にまで及んだ。もう一方は徳島など東部の海岸から吉野川の南岸に移り、勝浦川・那賀川の流域を経て土佐にまで届いた。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか(高木俊輔)

『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。

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