延宝年間の四谷怪談実説
どんな伝承か
鶴屋南北の『東海道四谷怪談』は討ち入りの元禄十五年に時代を合わせているが、実際の事件はそれより二十年ほど前の延宝年間に起きたと高橋克彦は説く。民谷伊右衛門は赤穂とは縁のない摂津出身の浪人で、事件当時は幕府お抱えの御先手組同心であり、芝居に描かれる傘張り浪人ではなかった。お岩の父伊織が五十四で大病を得たため、家の断絶を避けようと一人娘に婿を取ることになり、同役の秋山長兵衛の仲立ちで縁組が成立する。伊右衛門三十一、お岩二十一のときであった。お岩に祟られて死んだとされる者は十八人に及び、そのために社まで建てられたという。
原典より
ついでだから四谷怪談の実説を紹介しよう。—— 黄昏綺譚(高橋克彦・幽霊・怪異体験・現代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
黄昏綺譚(高橋克彦・幽霊・怪異体験・現代)