高知の洋式病院と鉄の寝台の噂
どんな伝承か
明治四年(一八七一)、土佐で戸籍調べへの不安が広がっていたころ、高知には洋式の病院が建ち、西洋人の医師が勤めていた。病室には見慣れない鉄の寝台が据えられており、これが恐ろしい噂の種になった。ここは異人がやって来て人の脂を取る場所で、患者は魚を焼く網のような台に寝かされ、気づかぬうちに脂を抜かれて、笑いながら死んでいくのだと、まことしやかに語られたという。屋敷番号札や若者の調べといった得体の知れない出来事と、異人や見慣れぬ器物が結びつき、膏取騒動へと続く恐れを生んだとされる。
原典より
「ここが異人の来て脂を取る所で、患者は鉄灸(魚を焼く網)の上で知らず知らず、脂を抜かれて、笑い笑い死ぬる」という、いかにも身の毛のよだつ噂がまことしやかに語られたのである。—— 幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年))
『幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶』は、川村邦光が近代日本の民衆の心性をたどった論考で、あとがきは一九八九年十二月の日付である。明治の「血税一揆」の流言、トラホームと〈迷信〉、狐憑きと精神医学、「脳病」「神経病」、座敷牢と精神病者監護法、芦原将軍の誇大妄想と出口なおの神がかり、祖先教と靖国による霊魂の管理を、新聞記事や民話、医学書、調査報告から読み解く。はじめにの後に三部と終章を置き、あとがきで結ぶ。