神田橋の堀に飛び込んだ狐
どんな伝承か
明治初年の新聞に「紙幣寮から飛出した狐」という記事が載った。紙幣寮を飛び出した狐が神田橋のあたりで堀へ飛び込み、人力車引きにげんのうで叩き殺されたという話である。「げんのうにこれも命をとられけり 悪を那須野の狐ならねど」――そんな狂歌が末尾に添えられていた。同じころには金杉の蓬萊座に狐が棲むという記事も出ており、文明開化の東京にもまだ狐がいたことがうかがえる。狐が生活の場から追い払われるように、狐憑きもまた迷信として司法の手で裁かれていった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・現代(近代史研究))
民俗学者・川村邦光が、近代日本が在来の習俗や憑きもの信仰をいかに〈迷信〉として再編し、狐憑きを脳病・神経病・憑依妄想へ病理化したかを、具体的事件・事例に即して論じた近代史。