玄蕃の墓碑と布引山境争い
どんな伝承か
玄蕃の墓碑は楢原の円福寺にあり、戒名は一誉道教居士、慶安元年壬子十月二十九日寂と刻まれている。会津と安積の間で長く続いた布引山の境争いが角力の勝負で決着したとき、玄蕃が勝って会津に凱歌が挙がったので、その功により殿様から戒名を賜ったと伝えられている。境争いは入会山への入山をめぐるもので、勝負の結果が山の帰属を左右したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説(下郷町(編)・下郷町史)
『下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説』は、会津の下郷町の町史民俗編のうち、町内の伝説を集めた第二節である。鏡沼の大蛇や二岐山のダイタンボウ、狼に食われた祖母、湯野上温泉猿湯の由来、高倉宮以仁王と桜木姫・紅梅御前の落人伝説、伊達政宗の戦の悲話、小野の長者と小野観音の金の鰐口などを収める。伝説を自然伝説・歴史伝説・信仰伝説に分け、各話に地名や供養塔・墓・文化財の現状を書き添えている。