大光寺に押しかけた熊嶽の患者たち
どんな伝承か
明治四三年二月の横浜日報は、浜口熊嶽が広告に出したとおり、南太田の大光寺で二十二日から例の不思議な術を始めたと伝えた。早朝から五十人余りの患者が押しかけ、誰もがエイ、ハッという気合の不思議に驚き、ありがたがったという。記事は、これが催眠術なのか精神療法なのか、あるいはまったくの山師か詐欺師なのか、その術を自分の目で確かめて研究するのは道楽としても面白く、社会問題としても意味があると結んでいる。
原典より
浜口熊嶽は別項広告の如く南太田の大光寺にて廿二日より例の不思議の術を行い始めたり—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。