義家が手を掛けた厨川の松
どんな伝承か
安倍貞任の娘萩花姫は、父の捕虜となった八幡太郎義家に懸想した。秋の月のよい夜、笛の音を慕って行くと城中の牢屋から洩れており、その主が義家であったという。姫は義家を牢から救い出して共に逃げたが、城兵に見つかって追い詰められ、城の後ろの断崖から北上川の深淵に身を投げ、義家だけを助けた。数日後に義家の軍が勝ち、貞任は討死した。義家が領地を巡視して姫の身を投げた淵のほとりに至り、岸辺の松に手を掛けて淵を覗いた。その松が厨川の柵の対岸にあるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
農民俚譚(佐々木喜善(著)・本山桂川(編)・佐々木喜善・東北民俗・1934年(昭和9年))
『農民俚譚』は、佐々木喜善が書きためた昔話や伝説を、その没後に本山桂川が編んで昭和九年に刊行した本である。陸中の和賀郡・岩手郡・胆沢郡で集めた炭焼長者や瘤取爺などの昔話に、河童・山男・山女・人柱・蛇にまつわる伝説、地蔵の話、異類に嫁ぐ女の話を記した「縁女綺聞」、紫波郡の口碑による「鳥蟲木石伝」などを収める。郡ごとの昔話には大正十三年の日付の前書きが付き、巻末に本山桂川の追想「佐佐木喜善君の遺業と其晩年」を置く。