三吉明神を投げた怪力の角力取り
どんな伝承か
紫波郡赤沢村大字紫野に、昔黒岩川右衛門という角力取りがあった。九歳の時、数十人がかりでも田の泥に突き刺さった巨木を抜けずにいるのを笑い、曳綱を一束にまとめてただ一人で抜き上げた。手習いの師匠へ背負って運んだ踏石は、今も家の玄関前にあり、二三十人でも動かせぬ巨石だという。盛岡の酒店に奉公した頃、梯子に十八俵を結びつけて一度に背負ったことから角力を勧められ、横綱谷風の弟子となって日本一となった。秋田では三吉明神を投げ、花巻の宿で飯の食べ競べを挑まれ、それがもとで病んで死んだ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
農民俚譚(佐々木喜善(著)・本山桂川(編)・佐々木喜善・東北民俗・1934年(昭和9年))
『農民俚譚』は、佐々木喜善が書きためた昔話や伝説を、その没後に本山桂川が編んで昭和九年に刊行した本である。陸中の和賀郡・岩手郡・胆沢郡で集めた炭焼長者や瘤取爺などの昔話に、河童・山男・山女・人柱・蛇にまつわる伝説、地蔵の話、異類に嫁ぐ女の話を記した「縁女綺聞」、紫波郡の口碑による「鳥蟲木石伝」などを収める。郡ごとの昔話には大正十三年の日付の前書きが付き、巻末に本山桂川の追想「佐佐木喜善君の遺業と其晩年」を置く。