小野の山腹に消えた正覚寺と太山寺
どんな伝承か
小野にはかつて三つの寺があったと伝わる。いま三田にある正覚寺は、古家通の古家和平の家の上手の山腹にあった寺を移したもので、もとの寺屋敷の跡がいまも残り、石塔や石仏は聖徳寺の無縁塔へ移されている。太山寺は氏神の神宮寺で宮の森に続いていたが、明治の初めにはもう住職がいなかったらしく、小学校ができる際に松尾小学校の仮校舎にあてられ、石塔や石仏は正覚寺と同じく無縁塔にまつられた。二つの寺がいつ建ち、正覚寺がいつ廃れたかは分からないが、聖徳寺の石井老僧は、元禄の書上帳に名が見えないことから、廃寺は元禄より前だろうとみている。
原典より
三田の正覚寺は古家通の古家和平家の上の山腹にあった寺を移したもので、寺屋敷も残っており、石塔石仏等は現聖徳寺の無縁塔に移されている。—— 兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告)
『兵庫県民俗調査報告8――伝説』は、兵庫県の民俗調査報告の一冊のうち、第10章「口頭伝承」を収めたものである。三田市の乙原・小野・尼寺・青野・末の各地区を対象に、集落の発祥や神社、廃寺、城跡にまつわる伝説、天狗に導かれたという松住大権現、狐狸の怪、狼の話などを、聞き書きと『門野氏郷土物語』などの郷土の記録から記す。伝説のあとに昔話とわらべ歌を続け、わらべ歌は地元の中学校生徒会の協力で集めた尻とり歌や羽根つき歌を載せる。