弓力を名乗った末西の相撲親方
どんな伝承か
三田市の末西にある奥本家は、古くは医を生業としていたのか往診用らしい薬箱が残っていたという。当主から四、五代前の兵蔵は大柄で肥えた力自慢で、若い頃に大阪相撲の枝川親方へ入門し、弓力と名乗って相応の地位まで上がった。引退して末西に帰ってからは農業のかたわら弟子を育て、勧進相撲の世話などをして「弓力親方」の名で近郷に知られた。その子の元右衛門も角界に入って二代目弓力を継ぎ、三代目は元右衛門の弟子から選んで田畑と山林を折半して与えたと伝える。明治二〇年ごろ、三代の弓力の追善興行として大阪相撲を招いた際には、枝川親方が縁を聞いて大いに力添えをしたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告)
『兵庫県民俗調査報告8――伝説』は、兵庫県の民俗調査報告の一冊のうち、第10章「口頭伝承」を収めたものである。三田市の乙原・小野・尼寺・青野・末の各地区を対象に、集落の発祥や神社、廃寺、城跡にまつわる伝説、天狗に導かれたという松住大権現、狐狸の怪、狼の話などを、聞き書きと『門野氏郷土物語』などの郷土の記録から記す。伝説のあとに昔話とわらべ歌を続け、わらべ歌は地元の中学校生徒会の協力で集めた尻とり歌や羽根つき歌を載せる。