小屋川橋に響く小豆洗いの声
どんな伝承か
江戸時代末のころ、宥伝法印という高い位をもち全国を行脚した法師が山口に住んでいた。あだ名を浄法印といい、酒癖が悪く、招かれた家でも酒が過ぎると人にからむので知られていた。ある年の旧六月十六日のお日待で、小豆餅の器に納豆餅を入れられたと怒って村人にからんだため、腹に据えかねた村人は浄法印を叭に詰め、小屋川べりの観音様の滝つぼへ沈めて殺してしまった。以来、小屋川橋のあたりで小豆を洗う音と「小豆洗うべか、人とって食うべか」という声が聞こえた。祟りとして観音の境内に念仏供養の碑を建て、命日を旧六月十六日とすると声はやんだ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南郷村史 第5巻(民俗編)――昔話と伝説(南郷村(編)・南郷村史)
『南郷村史 第5巻(民俗編)――昔話と伝説』は、南郷村の村史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。奥会津に語られる昔話を方言のまま書きとめ、きのこの化け物、食わず女房、三枚のお札、天女の羽衣などを語り手の地区と名を添えて載せ、伝説では高倉宮以仁王、蛍堂、箱渕のきつね、萩山稲荷の萩太郎、天狗の飛礫などを伝える。昔話と第二節「伝説」に分かれ、末尾に参考資料の一覧を付す。