西方寺衆と万年寺の汁くらべ
どんな伝承か
万年寺の本堂の上手に、大きな石の供養塔がある。その下の台石をこのあたりの河原から引こうとしたが、万年寺の檀家だけでは引ききれず、西方寺の檀家である小明見の人たちに手伝いを頼んだ。当時の万年寺は裕福で米には困らなかったので、西方寺の衆は飯では困らせられないから汁で困らせてやろうと、おつけをたくさん飲んだ。けれども万年寺の衆も考えていて、味噌も醤油も十分にあったので、汁はいくらでも出せたという。
原典より
ひっぱるのに西方寺せっちゅう小明見の人間を頼んだ。—— 向原の民俗 下――昔話(民俗調査報告 第9号・第10号・民俗調査報告) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
向原の民俗 下――昔話(民俗調査報告 第9号・第10号・民俗調査報告)
『向原の民俗 下――昔話』は、民俗調査の報告書『向原の民俗』下巻のうち、「口承文芸」の章を収めたものである。向原の下組の調査と上組の補足調査で採った昔話、世間話、伝説、畑作の諺を、話者の名と生年を添えて土地の言葉のまま記し、狐火や狐に化かされた話、万年寺や新田様の言い伝えも含む。概観に続いて昔話・世間話・伝説・諺の節を立て、昔話には『日本昔話大成』の話型を対照させた一覧表を付す。