由井正雪の軍用金で生まれた西仙寺
どんな伝承か
由井正雪は天下を狙って多くの軍用金を集めたが、旗揚げ直前に計画が漏れ、金はあちこちに預けられ、正雪は捕らえられて殺された。その金を預かった一人、多田作兵衛は正雪の菩提を弔おうと善光寺を訪れ、ちょうど普請中の仁王門の費用をすべて出したいと申し出たが、大勢の力で建てるからと断られた。わずかな寄進だけをして帰る途中、坂城の宿に泊まって主人にこの話をすると、主人は裏山のふもとの小さな堂を寺にしてはどうかと持ちかけた。弔いの場ができると喜んだ作兵衛が引き受け、こうして西仙寺が生まれたという。
原典より
作兵衛は「それはよいことだ。菩提が弔えるから」と非常に喜こんで承諾した。—— 坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌)
『坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説』は、長野県坂城町の町誌上巻(自然編・民俗編)から、民俗編の数章を抜き出したものである。祟る所や神罰、ヒトダマ・狐火などの怪異、魔除け、植物の禁忌といった俗信を地区ごとの事例として番号を付けて並べ、続いて甘利さま、天田長者とほうず池、苅屋原の七不思議、貉和尚、夜泣き石など三十余りの伝説を収める。伝説の章は調査員の調査をもとに、以前の調査記録も二、三篇併せて載せる。