鼠宿の娘薄雲と高尾太夫の打敷
どんな伝承か
南条の竜田山耕雲寺には、二代目高尾太夫の小袖を仕立て直した打敷が伝わる。鼠宿の農家に生まれた美しい娘てるは、人さらいにさらわれて江戸新吉原の三浦屋に売られ、高尾の妹分の薄雲となった。高尾が仙台の伊達侯に身請けされて吉原を去るとき、記念に薄雲へ贈ったのがこの小袖である。薄雲は元禄十三年に江戸で亡くなり、使いが鼠宿に来て初めて村人はてるの消息を知った。遺品の一部は赤池家に渡り、嫁入りの荷として塩尻村の佐藤家へ移り、安永二年に「さ」の字の部分を残して打敷に縫い直され、菩提寺の耕雲寺に納められたという。
原典より
この器量が災いして人さらいに誘拐されて、江戸新吉原一丁目三浦屋に売られた。—— 坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌)
『坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説』は、長野県坂城町の町誌上巻(自然編・民俗編)から、民俗編の数章を抜き出したものである。祟る所や神罰、ヒトダマ・狐火などの怪異、魔除け、植物の禁忌といった俗信を地区ごとの事例として番号を付けて並べ、続いて甘利さま、天田長者とほうず池、苅屋原の七不思議、貉和尚、夜泣き石など三十余りの伝説を収める。伝説の章は調査員の調査をもとに、以前の調査記録も二、三篇併せて載せる。