鼻取り地蔵の伝承を伴う阿弥陀堂
どんな伝承か
『白河風土記』によれば、近世の旧飯豊村には阿弥陀堂があった。縁日は三月十五日、別当は西高寺で、この堂には鼻取り地蔵の伝承が伴っていたと記される。飯豊の阿弥陀堂はのちに鼻取り阿弥陀とも呼ばれ、田植えの折に童子が現れて老いた夫婦を助けたという話が語られてきた堂である。別当の西高寺はやがて廃寺となり、堂に祀られていた阿弥陀像は西光寺を経て永源寺へ移されて今に伝わっている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術(天栄村(編)・天栄村史)
『天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術』は、岩瀬郡天栄村が編んだ村史のうち民俗を扱う巻である。第八章「信仰伝承」では、旧村ごとの鎮守と鎮守以外の神々、寺院・仏堂・修験、家や生業の神々、道切りなどの呪術と禁忌、口寄せをするワカドノ、キツネツキ、オシンメイサマ、小豆洗いなどの妖怪、講を扱う。『白河風土記』や明治十一年の神社明細帳の記載と土地での聞き書きを照らし、近世から近代への移り変わりを記す。