機転で但馬守の側室となったお藤の井戸
どんな伝承か
阪原町の南明寺のほとり、旧柳生街道に沿ったところにお藤井戸がある。柳生但馬守が馬で奈良へ出る途中、阪原まで来たとき、井戸端で洗濯をしている娘があった。美しい娘だったので但馬守は馬を止め、盥の中の波はいくつあるかと尋ねた。すると娘は二十一と答えたあと、殿様、柳生からここまで馬の足跡はいくらありましたかと問い返した。但馬守はこの娘の才智に感心し、側室にしたという。大柳生町には、お藤と但馬守を詠み込んだ俗謡が今も残っている。なお、お藤が洗濯していたのは井戸ではなく、井戸の側にある小川であるという説もある。
原典より
阪原町の南明寺のほとり、旧柳生街道に沿ったところにある。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史)
『奈良市史 民俗編――伝説』は、自治体史『奈良市史』民俗編のうち、第十一章「伝説」と巻末の「民俗資料」の冒頭を収めたものである。昭和三十七年から三か年にわたり市内各町の自治会長や古老、社寺を訪ねて集めた伝説に文献の伝えを加え、春日大社・東大寺・興福寺などの社寺や、吉備真備・俊寛・中将姫らゆかりの人物にまつわる話を収める。木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の十節に分け、一話ごとに題を立てて記す。