自宅に護摩堂を建てた神職
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どんな伝承か
豊間根の芳賀家は本山派修験威徳院の流れをくむ。明治二年に影本が復飾して芳賀貞治と名乗り神職となったが、その後も代々修験への愛着が強かった。泰雄は東京の皇典講究所で学んで神職の免許を得たものの、仏教や伝統的な修験に関心を持ちつづけ、その子を高野山で修行させた。さらに昭和六二年には自宅に護摩堂を建立している。明治以降に分かれた宮古の旧修験の五つの流れのうち、神職でありながら仏教への志向を強くもつ型がこれにあたる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮古市史 民俗編 上巻――民間宗教者・俗信・妖怪(宮古市(編)・宮古市史・自治体史(民俗))
岩手県宮古市(下閉伊)の信仰と怪異を網羅する。
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山田町の伝承
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