化け物と思い斬られた石地蔵の刀傷
どんな伝承か
和泉の堺に伝わる首截地蔵は、昔ここに葺屋の辻堂があって、西国巡礼や高野山へ通う人の休み所だったが、夜な夜な怪しいことが起こった。ある夜、通りかかった人が化け物に出会って斬りつけ、夜が明けて見ると石の地蔵であった。それから首截地蔵と呼ぶようになったという。どんな願いにもしるしがあり、その時の刀傷が今も拝めるという。
原典より
昔此所に葺屋の辻堂ありて西国順礼高野山通路休所の爲にありしに夜な夜な奇怪の事あり、或夜道行人往會て化生の者を截留たり、明て見れば即ち石地蔵なり、それより名付けて今に首截地蔵といひ伝ふ、諸祈願に験あらずといふことなし…—— 迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年))
『迷信の研究』は、富士川游が東京の中山文化研究所で監修し、昭和七年二月の緒言を付して世に出した迷信の解説書である。迷信を思考の錯誤ととらえ、その発生の由来を説いたうえで、身体・精神・疾病・妊娠と出産・育児・禁厭・相法・卜占・天文と暦・犯罪・宗教の欄ごとに迷信の事例を挙げ、科学的な説明を加える。同研究所の展覧会に使った説明のポスターをもとに簡潔にまとめ、巻末の奥書に参照した独逸と日本の文献を掲げる。